帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第17話
笑ってはいけないゲーム
 わたしが通っていた中学校は校則が厳しく、6人ずつのグループ行動が基本だった。その割にはヤンキーが多く、昼夜問わず暴走族が校庭に侵入し、木刀を持った教師が威嚇していたのだけれど…。
 移動教室も課外授業も全て、席順で振り分けられた班ごとに協力しなくてはならない。かと言って誰も親睦を深めるつもりはなく、ギスギスした時間が永久に続く地獄のシステムだった。中でも、向かい合って仲良く食べなくてはならない給食の時間はキツかった。

 中学一年の二学期、入学して初めての席替えがあり、班も一新された。メンバーは男女3人ずつで構成され、その中にクラスの中心人物マッキーがいた。マッキーは明るくオシャレなサッカー部の人気者で、誰とでも分け隔てなく接する男子だった。
 わたしはマッキーと小学校が一緒だったものの、同じクラスになったことは無かったので、こちらが一方的に知っている状態だと思っていた。ところが、マッキーのほうから「ハチミツは小学校で一緒だったよね」と明るく声を掛けてくれた。隣の席のマッキーはわたしにとって、荒んだ中学に現れた救世主だった。

 給食の時間になると、「今から笑ってはいけないゲームしよう」とマッキーが提案してきた。どうやら男子3人で『ボケて女子を笑わせて仲良くなろう作戦』を立てていたらしい。今思い返すと、空気が読めれば『笑わせるのは男子、女子は何もしない』と分かる状況だった。
 「え〜、やだ〜(笑)」という女子達のリアクションを盗み見たわたしは、これをフリだと勘違いした。そしてマッキーの提案を無駄にしてはいけない、という謎の使命感から、いただきますの号令と共にアジフライと白米を手づかみで食べ始めた。
 わたしが急に身体を張ってボケたので男子3人が牛乳を噴き出し、我々は先生から雷を落とされてしまった。しかし、それがキッカケとなり、わたしたちの班は“笑ってはいけないゲーム”にドハマりした。

 給食の時間だけにとどまらず、班で行動するときは授業中もボケ倒して遊んでいた。笑いの快感物質は子供の判断能力を鈍らせ、ボケはエスカレートしていった。ついに、マッキーが理科の実験中に薬品の匂いを嗅ぎ過ぎて、一週間入院するという事件が起きてしまった。

 反省したわたしたちは、学校での“笑ってはいけないゲーム”を禁止にした。その代わり、部活がない放課後や休みの日は6人で遊ぶようになった。マッキーの住むマンモス団地で“笑ってはいけないゲーム”と“ケイドロ”を組み合わせ、警察役と泥棒役がボケ合戦し、1日6時間ぐらい走りまわった。

 そんな楽し過ぎる二学期はあっという間に過ぎていき、終業式の日に大事件が起きた。
 班の男子が急に「あ!!」と大声を出すので駆け寄ると、普段はロッカーに置きっぱなしの教科書や道具入れなどを持ち帰ろうと整理していたところ、なんと給食のご飯が入った茶碗が出てきたというのだ。

 その男子はマッキーが入院したあの日、保健室で休んでいたマッキーがそのまま入院する事態になるとは思わず、給食の時間に戻ってきたらロッカーからご飯を出して笑わせようとして、すっかり忘れてしまった…という事だった。

 マッキーが入院していたのは一カ月以上前だ。意を決して茶碗の中身を確認すると、そこには鮮やかな色彩が広がっていて、とても自分たちに解決できる状態ではなかった。我々は職員室へ向かい、正直にすべて白状し、先生から大目玉を食らった。

 「自分たちで茶碗を洗って消毒して、給食センターまで返しに行きなさい」
 わたしたち6人は、すっかり日も暮れて誰もいなくなったあぜ道を重い足取りで歩き、給食センターへと向かった。
 “笑ってはいけないゲーム”を始めてからというもの、先生をはじめ、団地の管理人さんやら、道行くおじさんやら、知らない大人たちから怒鳴られ続けた。最後の締めくくりに給食のおばちゃんから怒鳴られて終わろう、とお互いに励まし合いながら給食センターの門をくぐった。
 
 恰幅の良い、身長170cmはありそうな、眉間にしわを寄せたおばちゃんが我々を出迎えた。終わった…。
 6人で横一列に整列し、「すみませんでした」と頭を下げた。一瞬おばちゃんは沈黙し、「ちょっと待ってな」と奥の部屋へ戻った。休憩室らしきその部屋から飴の袋を持って来たおばちゃんは、わたしたち全員の両手に収まらないほどのイチゴ飴を乗せた。
 「遠いのにわざわざ謝りに来て偉かったね。仲良くしなさい」と言うと、おばちゃんはまた奥の部屋へ消えて行った。特大のお説教を覚悟していたわたしたちは面食らってしまった。そのまま顔を見合わせ、イチゴ飴を頬張り、無言のまま外へ出た。

 「たぶん、三学期になったら席替えあるよね」帰り道、外灯もない暗がりでマッキーが言った。みんな、おばちゃんの「仲良くしなさい」という言葉を思い出していた。気恥ずかしくて誰もそれ以上何も言わず、まるで明日も遊ぶかのように「またね」と手を振って別れた。

 冬休みが明け、わたしは二つ結びにしていた髪を、なんとなく下ろして登校し、手鏡を持ち歩くようになった。マッキーや他の男子とケンカしたわけでもないのに、お互いに「おはよう」と言わなくなり、いつの間にか自然に喋ることが難しくなっていた。気付くと、クラス全体が男女分かれて行動するようになり、わたしたちが6人で遊ぶことは二度となかった。

 中学校の三年間で、わたしが唯一楽しかったのが一年生の二学期だ。この二学期があったおかげで、中学時代を「最悪」と思わずに済んでいる。
  • Twitter
  • Hatena
  • Facebook