帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第15話
推しの幻
 わたしはイノッチ(V6)推しだったことが、男性の好みに影響している。若い頃は無意識にイノッチの幻を追いかけ、黒髪の塩顔男子なら誰でも好きになってしまった。

 19歳のとき、SNSで中学時代の後輩男子Tくんを発見した。その子とは在学中あんまり喋ったことはなかったけど、黒髪塩顔だったので迷わず友達申請をした。そのままゲームの話で盛り上がり、彼の家でゲームをすることになった。
 Tくんの両親は出掛けており、彼は部屋に着くなりベッドの上に寝仏のように横たわった。「ゲームソフトはどこにあるの」と聞くと、黙ってベッド下の引き出しを指さした。さっきまでの饒舌なTくんとの落差に戸惑いつつ引き出しを開けると、コスプレ用の猫耳がパンパンに詰まっていた。

 「えっ、なんか違うかも」わたしは自分のミスで引き出しを間違えてしまったのかと思い、激しくうろたえた。ところがTくんは至って冷静に「寿さんは白が良いと思うよ」と白い猫耳をわたしに装着し、何事もなかったかのようにプレステの電源を入れた。
 Tくんは特に猫耳について触れることもなく、わたしもすっかり自分に猫耳が生えていることを忘れ、楽しくゲームをした。彼のお母さんが帰って来て、部屋までおやつを持って来てくれた後ようやく、わたしは猫耳がついたままだったことに気付いた。
 「お母さんに見られちゃったじゃん、恥ずかしい」猫耳を外しながらそう言うと、Tくんは「うちに来た女の子は全員つけるから大丈夫」と言った。

 どうやらTくんの部屋には何人もの女が出入りしていたようだ。本命の彼女にだけ黒い猫耳を装着させていて、ご両親はコロコロ変わるTくんの彼女を色で判別しているとのことだった。Tくんとは、それっきり会っていない。

 それから数年後。今度は合コンで黒髪塩顔男子Fさんと出会った。彼はイノッチと同い年で、飲み会でもムードメーカーだったので、わたしは推しとFさんを重ねてしまった。合コンメンバーと解散すると、駅に向かう途中Fさんに腕を引かれ、「2軒目に行こう」と誘われた。わたしは推しと飲みに来た気分で店の暖簾をくぐった。

 雰囲気の良いバーで映画の話で盛り上がり、Fさんのエスコートも完璧だった。「このワイン飲み終わったら、うちに観においでよ」というお決まりの誘いにも、気分よく乗ることにした。しかし、返事をした後で重大な違和感に気付いた。
 
 彼はわたしの嚥下音を、耳をそばだてて聞いている。

 カウンター席だったので、彼はわたしの喉に耳を寄せてまで音を聞いてくる。何をしているのか? そしてわたしは何に参加させられているのか? 性癖が上級者すぎて混乱し、どうすべきか分からず曖昧に笑っていると「まだ飲まないで」「飲み込んでいいよ」と何かをコントロールしてくる。
 彼の性癖を理解するより先に、わたしは何らかのプレイに合意したと見なされてしまっていた。

 結局、引きながらも顔面の威力にあらがえず家まで付いて行ってしまった。Fさんは映画『ヘルタースケルター』の濡れ場シーンを大画面で流し、わたしをベッドへ誘導した。そこで再び「まだ飲まないで」「飲み込んでいいよ」と繰り返されたせいか、わたしは胃の中身をFさんの枕に盛大に吐きだした。

 これらの経験で懲りたわたしは、男性を外見で判断することは無くなった。…にもかかわらず、友達からは依然として「男性を見る目がない」と呆れられている。
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