帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第14話
しゃべくりおじさん
 わたしは“しゃべくりおじさん”が好きだ。遭遇したら、激しめのリズムで相槌を打ち鳴らし、面白い話を催促してしまう。今回は、中でも印象深かった2人を紹介しようと思う。

 あれは3年ほど前のこと。わたしは終電で寝過ごして、最寄駅をふたつ通り過ぎてしまった。気合を入れて歩いて帰ろうかとも考えたけど、街灯も少ない上に、デカい墓地の前を通らなくちゃいけない。諦めてタクシーに乗った。

 タクシーの運転手さんは50代くらいのおじさんで、乗った瞬間から「大病を患い長年勤めた会社を辞め、家族共倒れになることを回避すべく離婚し、今はタクシーで細々と日銭を稼ぎ、たまに元奥さんと娘さんに会う日だけが楽しみ」という、20代のわたしには抱えきれず両腕が複雑骨折する重さのバックボーンを語ってくれた。
 「あ、ここの墓地怖いですよね〜。運転手さん幽霊乗せたことあります?」わたしは堪らず話題を変え、軽い気持ちで怖い話を要求した。
 「いや〜さすがに乗せたことはないですね〜。若い頃、幽霊がいるアパートに住んでた事ならあるんですが…」ご希望に添えず申し訳ない…といったテンションで、しっかり嫌な話を持ってこられた。しかし、その時わたしは引っ越しを考えている時期だったので、恐る恐る続きを促した。

 「住んでるって分かるもんですか?」
 「私は見えなかったんですけどね。友達が遊びに来ると、誰でも必ず風呂場に女性がいるって言うんですよ。母に電話をかけたときも、女の声がするけど隣に彼女でもいるのかと言われたりね」
 嫌すぎる。
 「めちゃくちゃ怖いじゃないですか」
 「いや、意外とうまいことやってたんですよ。トイレに立つと先回りして電気点けてくれたりしてね。親切な方でした」
 嫌すぎる。
 「何年くらい住んでたんですか」
 「4年間です。そうそう、引っ越しの荷造りをしているときに、押し入れの天井に隙間があることに気付いてね。覗いてみたら、古い手紙が沢山出てきたんですよ。消印を見たら、今から50年くらい前のものだったんです。送り主は全部同じ女性の名前で、封筒をひとつ開けてみたら、髪の毛がパンパンに入ってました。そのあと自分でもどうしたのか記憶が曖昧で覚えていないんですけどね…。あ、着きましたよ」

 深夜2時、ひとり暮らしの暗いアパートに入るにはデカすぎる土産話を背負う羽目になった。この話を聞いた影響で、わたしは迷わず新築マンションへ引っ越したのだった。

 そして、昨年。仕事の都合で再び引っ越しを余儀なくされたわたしは、引っ越し業者に訪問見積もりをお願いした。現れたのは再び50代くらいのおじさんで、いかにも喋りそうなオーラを放ち、わたしの相槌も軽快さを増した。すると、おじさんが「お客さんの引っ越し先なら、直下型は安心して良いと思いますよ」と言った。わたしは土地勘のない街にやや不安を感じていて、おじさんの言葉が心強かった。

 「やっぱり地盤ですか?」
 「そうそう。しっかりしてますから。逆にアッチの方なんか、地盤がゆるいですから、直下型きたら終わりですよ。契約のとき不動産屋でハザードマップを渡されたでしょう? あれも直下型に備えてですけどね」
 おじさんは日頃から首都直下地震で頭がいっぱいだったようで、矢継ぎ早に直下型トークを披露してくれた。
 「わたしの新居、水害はどうですか?」
 「ああ、全然心配ないですよ。それより、直下型きたらコッチのほうが火の海です。でも、お客さんのお住まいであれば、都外から物資を運ぶルートは塞がりません」
 あくまで直下型にまつわる危険に強い関心があるおじさんによって、わたしの新居の直下型における安全性の高さが保証された。ちなみに査定は5分で終わったが、おじさんはその後30分間、直下型の話を続け、名残惜しそうに玄関へと向かった。

 「いや〜、天と地がひっくり返る…東京にはとんでもない事が起こりますよ!!」
 おじさんは予言めいた言葉を残し、満面の笑みで去って行った。

 『なんとなく決めかねる』とか、『少しだけ不安』みたいなタイミングで、わたしの前に“しゃべくりおじさん”は現れ、意味なく盛り上がり、元気をもらって腹が決まるパターンが多い。“しゃべくりおじさん”のお力添えで、まあまあ良い選択ができている気がする。
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