帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第13話
アイラブ池袋
 わたしは池袋が好きで、前はよく飲んだくれていた。最近はろくに外出もしていないので、よけい池袋が恋しい。

 よく一緒に飲んでいた女友達4人組のメンバーである渡辺さんは、わたしより10歳上のお姉さんで、生まれも育ちも池袋。酔うとパンツだけ脱いで寝る女性に会ったのは、渡辺さんが初めてだった。

 1年ほど前、わたしたちは4人でオンライン飲み会をすることになった。その頃、都心の商業施設が休業し、リモートワークが推奨され、街が閑散としたことが話題になっていた。
 わたしは『人の消えた池袋駅北口で、裸のオヤジが立ち小便をしている』という、妖怪のような人物の目撃情報を別の友達から聞いたばかりだった。普段は人混みで気付かなかった池袋の真の姿が見えた気がしたので、下品な酒の肴として提供することにした。

 わたしは、「池袋のこういうところ好きだな。治安は悪いけど、良く言えば大らかだよね」と、実際に立ち小便オヤジに出くわしたら嫌すぎて泣き出すかもしれないのに、生意気なことを言った。友達からはすぐに「分かんない」「嫌に決まっている」と口々に反論された。ところが、渡辺さんだけがわたしの話に拍手していた。

 「うんうん、分かる。ちょっと前、私もお父さんと池袋で飲んだ帰り、普通にマルイの裏でうんこされたから拾ったわよ」

 えっ?
 うんこ…?
 道でうんこした?

 渡辺さんのお父さんは70年以上池袋に住む生粋の池袋の民。まさか、本当にいるかどうか分からない池袋の小便オヤジの後に、池袋の親父が道端でうんこした話が出てくるとは思わなかった。

 「えっ、マルイのトイレってこと?」
 よもや野糞とは思わない友達が、無邪気に質問した。

 「いや…、普通に、マルイの裏」
 渡辺さんの声のボリュームは抑え気味になった。
 「お腹痛くなって、間に合わなかったの?」
 「夜の何時くらい?」
 「ビニール袋で拾ったの?」 
 これが犬の話なら良かったのに。友達は次々に質問を浴びせたけど、渡辺さんは何も答えなかった。野糞をしたお父さんの気持ちは、本人にしか分からない。

 わたしの知る池袋の先に、お父さんの野糞がある。わたしは再び分かったかのように生意気なことを言った。
 「お父さんにとって、池袋は全部でっかい庭なんでしょうね!」
 渡辺さんは大きく頷くと、「ハチミツちゃん、こんな池袋を愛してあげてね」と言った。自由に飲みに行ける日常に戻ったら、わたしの知らない池袋を探しに行こうと思う。
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