帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第10話
試食魔のクリスマスプレゼント
 菓子店に6年間勤め、多くの試食魔たちと対峙してきた。1度に何個も試食を食べる人に注意はしても、店の方針で出禁にはせず、その結果、常連の試食魔が何人か生まれた。

 試食魔メンバーの『水筒さん』という女性は、季節限定の試食魔という珍しい人で、冬だけ砂糖菓子を食べに来る。持参した水筒のコップにお湯を注ぎ、そこに試食の砂糖菓子を入れて、堂々と飲みながら去って行くのだ。
 砂糖菓子は喉につっかえないように、温かいお茶と一緒に提供していた。水筒さんは「お茶は要りません」と断り、自分の水筒のコップに試食をひとかけら入れる。お茶は遠慮して、試食を持参したお湯で割られても、しおらしいのか厚かましいのかよく分からなかった。

 この水筒さんの試食方法は「アリか? ナシか?」店員たちで緊急会議が開かれた。持参した水筒に試食を入れてオリジナルドリンクを作るのは、試食の域を超えていないか? しかし、受け取った試食を食べながら歩き、持っていた飲み物でのどを潤すシチュエーションは、誰にでもある…。水筒さんは来る頻度も低く、しばらくは黙認することに決まった。

 そんな、ある年のクリスマス。わたしはデパートへ出張販売に来ていた。ケーキを売らないわたしたちの店に割り振られたのは、駅のコンコースの端っこ。人通りはあるけど、あくまで今日の主役はケーキ店なので、相変わらず試食を配って客寄せをしていた。

 閉店が迫った20時半頃、なんと水筒さんが現れた。出張販売に来ていた店員はわたし以外、日雇いの派遣スタッフだったため、水筒さんを知るのはわたしひとり。いつものように鞄から水筒を取り出すと、「砂糖菓子の試食はありますか」と聞いてきた。いつもの店舗から遠く離れた巨大ターミナル駅に、試食魔であっても顔見知りが来てくれると謎の安心感があった。
 
 「寒いので温まって下さいね」わたしは、確かそんなようなことを言った。すると、いつもならすぐに立ち去る水筒さんが、「もうすぐ閉店ですし、1日中立っていらしたから、足がつらいですよね?」と聞いてきた。急に何の話だろう。「え、いえいえ、いや、そうですね…」返答に困っていると、「特につらいのは右足ですか? 左足ですか?」と更に想像していなかった質問をされた。
 両足キツかったので適当に右と答えた。すると水筒さんは何かぶつぶつ呟きながら、わたしの右足を指差して、そのまま人差し指をぐるぐる回し、1回転ごとに指をパチンと鳴らし始めた。

 わたしは走馬灯のように『催眠術にかかったフリ』をした自分をシミュレーションして、不安をやり過ごした。6秒くらい経ったと思う。突如、冷え切ったわたしの右足は急激に血行が良くなり、じんじん熱くなった。信じてもらえないかもしれないけど、本当に足が軽くなってしまったのだ。
 一体、何が起きたんだろう。わたしは大興奮した。「今、何したんですか? 凄い!」水筒さんは微かに笑い、「お礼です。ごちそうさまでした」と言い残し、去って行った。そして、それっきり試食に来ることもなくなった。

 わたしの中で水筒さんは『気の使い手』という結論に至っている。凄腕として既に生計を立てていたのかもしれないし、試食を食べに来ていたのも何かの修行だったんじゃないか。砂糖菓子だったらいくらでも贈るから、今度は肩こりを治してほしい。またいつかのクリスマスにでも、水筒さんと会えたら。
  • Twitter
  • Hatena
  • Facebook