帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第9話
仕事上等ヤンキー
 高校卒業後、オシャレでもないくせに何故かアパレル販売員になってしまった。

 社会をなめ腐っていたわたしは、正社員なら何だっていいやという意識の低さで入社した。新店舗のオープニングスタッフとして働くことになったが、店長(40代おじさん)が目尻に笑い皺が深く刻まれているのに目は一切笑っていないという、気の許せない上司だった。

 店長以外は18〜23歳の女子スタッフで構成され、お客さんも女子高生中心だったので、店長以外は自然と仲良くなった。みんなと打ち解けられない店長はメンタルが不安定になり、休憩室の壁を殴って穴をあけた。やり過ぎたと反省したのか、翌日みんなの機嫌取りにマカロンを買って来るも、全員ドン引きしているので溝は埋まらず、店長は完全に孤立した。
 わたしは一番年下だったので、闇の店長にも気を遣っていた。すると、わたしだけ店長と2人きりのシフトを組まれまくり、毎日食事に誘われ、個室レストランに連れて行かれ、太腿を撫でながら「好きだ」と言われた。わたしは勤続半年で辞表を出した。

 退社するわたしの代わりに入社したのが、ヤンキー御用達ブランド『GALFY』のジャージを羽織り、颯爽と喫煙所から登場した金髪のカナちゃんだった。店は甘々フェミニン系だったのに、一切コンセプトを守る気がない辛々ヤンキーファッションに全員閉口した。ダサいわたしが抜けて、ヤンキーが入る。店にとってプラスなのかマイナスなのか、スタッフ達も計りかねる様子だった。

 カナちゃんは勤務2日目、前日と全く同じ服で出勤してきて我々を震撼させた。服屋でそれをやる意味が分からなさ過ぎて理由を聞くと「夕べ彼氏できて、車中泊したんだよ」と、単なるアクシデントだと説明された。さらに「寿さん、カーセックス好きそうな顔してんね」と、わたしに対する謎の印象も言ってきた。

 その日の終業後、駐車場でカナちゃんに捕まったわたしは、夕べ彼氏と寝た車に押し込まれた。着いた先は、カナちゃんの友達家族が営んでいるというラーメン屋。同い年なのにわたしが敬語のままだから、打ち解けるために連れて来てくれたのだ。その気持ちが嬉しかったわたしは、辞めるきっかけになった出来事を初めて人に話した。
 「なんで会社に黙ってんだよ。寿さんが辞める必要ねーじゃん」
 「いや、あんまりやる気ないんだ、わたし。ダサいし」
 「は? ダサいのは関係ないだろ。あたし、やりてーこといっぱいあっけど」
 ———その通りだ。カナちゃんとわたしは、外見も、それ以外も、全然違った。

 カナちゃんは見た目に反して勤務態度はすこぶる真面目で、『ヤンキー×フェミニン』の新ジャンル開拓という高い志を掲げていた。その熱意と人懐っこさで、スタッフやお客さんともすぐに打ち解けた。
 しかし、店長だけは破天荒なカナちゃんが気に食わないようで、「風紀が乱れるから売り場に出るな」と裏で雑用をさせ(素直に従うカナちゃん)、コーディネートに罵声を浴びせたりと(「斬新な意見っす」とメモを取るカナちゃん)、凄まじい当たりのキツさだったが、カナちゃんは負けなかった。

 そして、わたしの最終出勤日のこと。開店準備中に業務連絡ノートを見たスタッフ達が輪になっていた。そこには社内新聞の『新入社員紹介』に載ったカナちゃんの写真が貼られ、店長の文字で「ピースなんかしやがって、殺してやるからな!」と赤ペンで書き殴られていた。当然ながら、社内新聞でピースをして殺される決まりは無い。
 わたしと違って、本気でカリスマ店員を目指すカナちゃんが、今にも逮捕されそうなおじさんのせいで辞めてしまう。険しい表情のまま押し黙るカナちゃんに声を掛けようとした瞬間、みんなの手からノートを引ったくり、カナちゃんは店を飛び出してしまった。
 慌てて追いかけて引き留めると、カナちゃんは「社長に言うんだよ。ケリつけてくっから店で待ってろ!」と再び走り出した。カナちゃんはそのまま本社へ向かい、社長室にアポなしで押し入り、その日のうちに店長はクビになった。

 怖い思いをした上に、カナちゃんは店長から恨まれるかもしれない。別れ際、「怖くなったら会社辞めてね」と言ったら、「全然怖くねーし、辞めねーよ」と笑って返された。やっぱり、カナちゃんとわたしは、全然違った。
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