帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第8話
半グレ声優
 恥ずかしながら昔、声優になりたかった。
 18歳で物心がついたわたしは、「大人になったら“何か”にならなきゃいけないらしい」と気付いたのも成人後で、選んだ“何か”が声優だった。結局どうにもならずに途中で諦めたんだけど…。

 養成所には、内気な人もいればウェイな人もいたりと、実に様々な人種がいて、中でも一番変わった同級生といえば「ロクさん」だった。
 ロクさんはわたしよりも10歳ぐらい年上の金髪プロレスラーみたいな風貌で、腕や腹など数カ所に渡ってゴリゴリの和彫りが入っている、どう見ても完全にアッチ方面の人だった。
 声優にもヴィジュアルの爽やかさが求められ出した時代に、何故こんな人が声優を目指そうと思ったのか、あまりのギャップに最初は理解できなかった。誰しもロクさんの印象は『声<外見がアッチ方面』なのに、なぜ声優の道に…?
 余計なお世話だけど、もしイケメン声のキャラクターの中身が、ゴリゴリの和彫り入ったアッチ方面の方だったら、現代の声優ファンは気絶するのでは…?

 そしてロクさんは何らかの仕事で月30万円以上稼いでいると言いながら、どんな仕事なのかは頑なに教えてくれなかった。
 後に発覚した話では、一日18時間拘束されながら出会い系サイト(出会えない)のサクラで稼いでいたらしい。
 これも余計なお世話だけど、出会い系でゴリゴリにエロいメールしてた女の子の中身が、こんなゴリゴリの和彫り入ったアッチ方面の方だと知ったら、男性はショック死するのでは…??

 それから2年後、ロクさんは何らかの理由でアパートを追い出され、友達の家を転々としていた。いよいよ切羽詰まった様子のロクさんから「今晩だけ泊めてくれ」と頼み込まれ、しぶしぶ家に上げることにした。
 友達がグッと減ったロクさんは、久し振りに人と話せる喜びから異様なハイテンションで、早々に眠ろうとするわたしのケツをベルトで打って叩き起こしてきた。家に上げたことを後悔しつつ、「今なんの仕事してんの?」と聞くと、「モノを売ったりしてる」というなんとも嫌な返答だった。内臓でないことを祈りながら眠りについた。

 そして翌朝、ロクさんから神妙な面持ちで「お前の周りの金持ちを紹介してくれ」と切り出された。その大ざっぱだけど非常にストレートな内容の要求に、ケツの件も相まって付き合いに限界を感じた。
 見送りに駅まで向かう道中、「モノって何売ってんの?」と聞くと、「口座」という本当に嫌な返答だった。
 「それアウトじゃない?」
 「セーフだよ。自分で口座作れない人に売るんだから、人助けだよね」
 「……。」

 その日を限りにロクさんと関わるのをやめたわたしは、それで弾みがついたのか、養成所も辞めてしまった。

 「場違いな世界に来てしまった」と思いながら数年いた養成所。今となっては、あのときロクさんがきっかけで諦める踏ん切りがついたように思う。厳しい競争と貧乏暮らしに音を上げた、に言い換えてもいいけど…。
 わたしは“何か”になれなかったけど、ロクさんはまだ色んなものを売ったり、他人の家を転々としながら、夢を追ってるのかもしれない。
  • Twitter
  • Hatena
  • Facebook