帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第28話
老いた親
 わたしの父は今年75歳、母は71歳になる。
 コロナで3年ほど会ってなかったし「この調子では会えないまま親が死ぬんじゃないか」ということで、混雑時期をずらして帰省してきた。

 母は去年の春、伯母の通院に付き添った際に、転んだ伯母を支えようとして、両手骨折という最悪な怪我を負っている。命に関わる事態にならずに済んだものの、これからはいつ会っても最後になるかもしれないという気持ちになった。わたしは気合いを入れて両親に優しくしようと考えていた。

 しかし、帰省前日に母から「今お父さんと話したくないから、アンタからお父さんに帰省するってメールして」と、老いてなお現役の夫婦喧嘩に巻き込まれ、いきなり出鼻をくじかれた。いつまでも中学生カップルのように無視し合うのをやめて欲しい。
 とは言え、両手が折れた老人を叱ると自分が人でなしに思えるので言う通りにした。

 いざ実家に着くと、やっぱり記憶の中の両親より老いていて悲しくなった。
 50代のとき体力測定で「身体能力20歳」と言われていた父は見る影もなく、置物のように動かずスマホの麻雀ゲームをして足腰が弱り切っていた。

 母はいくら「大人しくして」と頼んでも動き回るので、せめて帰省中はわたしが犬の散歩をする事にしたのだけど、散歩から帰宅すると兄の制止を振り切りクローゼットの上段から来客用布団を下ろし、洗濯物を両腕に抱え、鍋を振っていた。

 そんな両親が「アンタが先に謝ってくれたら許してあげても良いんだからね!」と心の声を垂れ流しながらいがみ合って両脇に座るので、わたしは地獄の気疲れで20時には寝てしまった。

 翌朝、近所の巨大な神社へ初詣に行きたいとお願いした。もはや親と共通する興味は神社か温泉しか残されていない。
 駐車場から本殿までは歩いて1分なので老人でも問題ないだろうと思った。
ところが、初詣客で混雑していたせいで普段使っている駐車場とは別の駐車場へ誘導された。そこから本殿へは40段程の木の根が這う階段を上らなくてはならないのだ。しかも大寒波でドカ雪が降っている。

 「やっぱりやめとこうか? 危ないし…」わたしがそう言うと、2人とも「いやいや、大丈夫」と階段を上り始めた。「ゆっくり行こうね」と声を掛けた瞬間、父はムチャクチャな勢いで階段を上がり始めた。75歳が「身体能力20歳」のメンタルで手すりにしがみつきながらズンズン進んでいく。

 「ちょ、ちょっと! ゆっくりよ! ゆっくりだってば!」わたしは犬の散歩と全く同じ声掛けを父にしていた。犬は言う事をよく聞いてくれたのに、父は一切聞き入れてくれなかった。慌てて追いかけようとするも、背後の母を思い出してハッとした。
 ———そうだ、コイツは既に両手がやられている…。わたしは母を置いて進むこともできず、しかし父を見失う訳にもいかず焦りまくった。背中に向かって「“待て”よ! ゆっくりよ!」と犬を(しつ)けるように呼び掛け続けると、ようやく父がピタッと止まってくれた。

 「も〜、急ぐからビックリしたよ。ここからは3人一緒に上ろう」
父の顔を覗き込むと、真顔で「コヒュー…ッ、コヒュー…ッ」と死ぬ直前かのような呼吸を繰り返していた。え? 死ぬってこと? 親、今日死ぬ?
 青ざめたわたしが「大丈夫!?」といくら話し掛けても父は聞いてるんだかいないんだか、虚空を見つめて「コヒュー…ッ」と音を出していた。おそらく苦しみから一刻も早く逃れたい一心で少し立ち止まっただけで、父はまた弾丸のように飛び出していった。

 「“待て”!!!!!」
わたしの叫びが父に届くことはなく、参拝して駐車場に生きて戻るまで気が気じゃない初詣となってしまった。

 結局、楽しくも疲れる2泊3日が過ぎた。歳を取ったら自分もこうなるんだろうか…。
 家を出ると母に呼び止められて「新幹線の中で食べなさい」と、おにぎりを手渡された。手が痛いんだから料理をするなと言ったのに…。最後まで娘の言うことは一切きいてくれなかったけど、夫婦喧嘩はいつの間にか収束していたらしく、見送りに出てきた両親は笑っていた。

 東京行きの座席でひとり柔らかいおにぎりを頬張ると、何とも言えない悲しい気持ちになった。あと何回両親に会えるのかは分からないけど、これから帰省するときは暖かい季節にしようと決心したのだった。
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