帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第25話
美容師のブログ
 わたしは悩んでいた。

 何に悩んでいたかって、このコラムだ。隔週更新で24回、ついに1年も連載したことになる。主に『昔の思い出』をメインに書いてきたのだけど、ここにくるまで気付かなかった欠点があった。『思い出』というのは、連載が続くほど書くことがなくなっていくのだ。

 この1週間、何かネタはないかと脳内をひねくり返し、七転八倒し、もがき苦しみ、姉の前で泣き、そして毎晩大量の酒を飲んでベッドに倒れるように寝た。でも原稿は真っ白なままだった。
 しかし、このコラムは今みなさんが読んでいる通り、完成している。安心してほしい。ということで今回は、このコラムが完成に至った経緯の話をしようと思う。

 悩んでいても髪は伸びる。なので昨日、美容院に行った。

 「お仕事って忙しい感じですか?」と若い男性美容師に聞かれ、わたしは「ハハ、あの〜仕事の他に、ちょっとしたコラムの連載してるんですけど、面白いこと全然思い付かなくて…」と正直に答えた。
 ここは若者に人気のオシャレな街の、ちょっとはずれた一角にあるオシャレな美容院で、落ち着いた雰囲気があり、もう1年近く通っている店だ。

 しかし、その日は驚くことが起きた。
 「あ、自分もそれ分かるっす。大変っすよね〜、面白い文章書くのって」と、その男性美容師に心から共感されたのだ。意外な展開すぎて、わたしは思わず「えっ、どういうことですか!?」と言ってしまった。まさか『分かる』と返されるとは予想していなかった。誰にも共感されないと決め付けていた自意識の強さに、恥が溢れ出す。
 話を聞くと、彼は店のブログを担当していて、そのブログに毎回ちょっと面白いことを書こうと苦労しているらしい。そういえば美容院ってよくブログやってるな…と思い出した。

 仕事の傍らで一生懸命、店のブログを書いている全国の美容師さんに申し訳ないけど、わたしは担当美容師の出勤を確認するときぐらいしか見ていなかった。「スベり倒してるんすけど」と言う彼の文章が気になって、わたしは帰宅後ブログを見てみた。

  驚くことに彼は結構、こちらの想像以上にしっかりボケていた。
 「スタッフからゾンビに似てると言われます!」
 「妄想の中の休日は充実してました!」
 「久しぶりに帰省したら実家の場所が変わってました!」

 落ち着いた店名と大人っぽい店の雰囲気、それを完全無視し、出だしから思いっきりボケに走っていた。

 ブログは大体こんな突拍子もない出だしから、流行りのカットやカラーの話になっていくので、とてもシュールだった。毎回趣向を凝らしつつ、力任せのボケを入れ込み、しかも「お客様からブログが面白いと言われ、もはやプレッシャーです!」と、コラムで緊張していたわたしにも分かり過ぎる心情を、素直に書いていたのだ。わたしはひどく感心した。

 彼以外はベテランっぽい女性美容師で構成されている店なので、おそらく一番下っ端でムードメーカーの彼が、ひょうきん者として晒される役を買って出ているのだろう。だから店の雰囲気も明るいのか…と、わたしは勝手に納得した。是非とも、彼には立派な美容師になって欲しい。

 ところが、ブログを遡って読み進めていくうちに、衝撃の事実が判明した。

 「こんにちわ。経営者の××です!」

 なんと、この店の経営者は彼だったのだ。一瞬、「ボケかな?」と思ったけど、どうやらボケではない。トリッキーなボケ文章を散々見せつけられたせいで、うっかり彼のことをオオカミ少年扱いしてしまったけど、会社のホームページを確認したら紛れもなく彼が代表だった。誰だ、下っ端と決めつけたのは…。

 更に、「何らかの大会におけるメンズカット部門で入賞した事」「この店を含めて3店舗経営している事」など、彼の立派すぎるエピソードが山盛り出てきて、わたしは息を飲んだ。
 そういえば、レジ横に何らかのトロフィーみたいなのがゴロゴロ飾ってあった気がする。あれは彼のトロフィーだったのか。わたしはショートカットで後頭部の襟足を刈り上げているのだけど、確かに彼のカットによって、今、わたしの後頭部は人生史上最もかっこいい。あれは、何らかの大会入賞テクニックによるものだったのか…。
 彼は必死に慣れないブログを書きながらも、その裏で実は高い技術を持ち、美容院を複数経営している社長だったのだ。わたしなんぞが憂うスキなんて微塵もなかった。

 閉店後の店内で1人、腰みのを巻き、般若のお面を着け、縦横無尽に踊り回る動画まで載せている彼のブログを見たら、ネタ切れが何だというのか? という気持ちになった。
 自由に書かせて頂いている、たった1500文字程度のコラムで、1週間もウダウダ悩んでいた自分が急に恥ずかしくなり、慌ててこのコラムを書いた。美容院○○、一生通います。
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