帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第22話
走れモリー
 声優の養成所時代、同じクラスにモリーという男子がいた。
 モリーはやる気に満ち溢れた若者だった。その情熱でリーダー役を買って出るも、仕切るのが全く上手くないタイプで、周りも戸惑っていた。焦りを募らせたモリーは、クラス全員で話し合いをしているとき「俺の言う通りにしておけば良いんだよ!」と失言をしてしまい、リーダーの座をはく奪された。

 リーダーではなくなったものの、モリーの情熱の火は燃え続けていた。現リーダー・青山くんをライバル視し、「俺が習ったことと違うけど?」「それって、どこ情報?」など、事あるごとに揚げ足を取ろうとする姿が目立ち、再びクラス中から反感を買った。
 また、稽古場の中心で堂々と同人エロゲーの話をしたのも良くなかった。女子たちはモリーを白い目で見るようになり、彼は孤立していった。

 そんな最悪の空気の中、わたしたちは『走れメロス』を舞台演劇にする課題に取り組むことになった。オーディションの結果、なんとモリーは主役のメロス役を勝ち取ったのだ。
 モリーは信じられないくらい調子に乗った。再びクラスの中心に躍り出ると、主役登場と言わんばかりにあちこちに口出しをして人々を引かせた。わたしは脇役兼雑用だったのでモリーに業務連絡のメールをする機会があったけど、「は? 誤字があるんですけど?」と最高に感じ悪い返信がきて感心した。
 
 ある日、メロスの親友・セリヌンティウス役のユカリちゃんとモリーが口論になった。
 ユカリちゃんは重度のツンデレで、本当に心を許した相手にしか素直になれないため、わたししか友達がいなかった。言葉がキツ過ぎる彼女を、みんなは「意地悪」だと誤解して敬遠していた。
 言わばクラスのはみ出し者同士が激突、喧嘩は平行線をたどり、「結論が出るまで帰らない」と、2人はファミレスに向かった。 

 翌週、稽古場へ行くと、いつものようにモリーが調子に乗った発言で周りを困らせていた。すると、すかさず「モリー、変なことばっかり言っちゃって可愛い!」とツッコミを入れたのは、なんとあのユカリちゃんだった。それを聞いたモリーは照れて大人しくなったのだ。一体どういうことなのか。みんな見慣れぬモリーの姿に戸惑い、どよめいた。
 ユカリちゃんによると、言い合いをしている内に「モリーと自分は似たところがあるかもしれない」と感じたという。
 そこで本心を聞いてみると、「みんなから嫌われていることは分かっている。でも、やる気を表現する方法が分からない。前のクラスでリーダーをやっていたから、今回も使命感で前に出たけど、このクラスは自分より器用な人が多くて、空回りしてしまう」と、本当に素直な胸の内を聞かせてくれたそうだ。
 ユカリちゃんは大人っぽい表情で「偉そうに見えるから、みんなに嫌われちゃうんだよね。私も同じだから分かるんだ」と(こぼ)した。

 しかし、いきなり素直になれるかというと、それも難しい。リーダーとして活躍する可能性を捨てきれずにいたモリーは、完全に自分の立ち位置を見失っていた。なぜなら、彼はメロス役なのだから。
 課題の稽古は、ついにクライマックスシーンに入った。親友・セリヌンティウスが(はりつけ)になった処刑場に、満身創痍のメロスが現れる。「私だ、刑吏! 殺されるのは私だ!」モリーは転がるように舞台の真ん中へ飛び出すと、両手を広げて力強く叫んだ。
 …ところが、動きが珍妙過ぎる。ダンスが大の苦手というモリーは、アクションシーンで格好良い動きが出来ない。この舞台一番の見せ場が、志村けんのヒゲダンスにしか見えない。講師の指導にも熱が入り、モリーの背後から人形のように腕を上げたり下げたりさせてみたが、よりヒゲダンスに近い惨状となった。

 「なん…っでだよ…っ!」普段、クスリとも笑わない厳格な講師が、床に倒れ込んで笑い出した。真剣にヒゲダンスを続けていたモリー自身も、この異常事態に笑い始めた。その瞬間、ようやくクラスのみんなとモリーがお互いに接し方を理解した。笑えば良かったのだ。

 その日からモリーの周囲には人が集まるようになった。みんなで格好良く見える動きを一緒に練習し、本番ではギリギリ志村けんを脱することに成功した。クラスメイトとようやく打ち解けたモリーは、メロス役を終えて以降、「リーダーをやりたい」とは言わなくなり、その代わりに、よく笑う子になった。

 養成所のクラスは1年ごとに変わる。3月、お別れ会を兼ねた飲み会があった。わたしはモリーと2人で話したことがなかったので、声を掛けてみた。
 「モリーはアニメが好きって言ってたけど、他にも好きなものあるの?」
 「漫画もゲームも好きだよ。俺、少女漫画しか読まないから、寿さんと同じもの読んでるかもしれない」
 「少女漫画!」
 意外だ。わたしはこれまでそんな男の子に会ったことが無くて、何を読むのか想像がつかなかった。
 「モリーは何が好きなの?」
 「いっぱいあるよ! でも特に『スキップ・ビート!』と『アニマル横町』は大好き!」
 硬派と可愛さが絶妙なそのチョイスに、モリーらしさを感じた。彼はしばらくオススメの少女漫画を熱くプレゼンし、最後にこう言った。

 「1年前の俺だったら、寿さんに少女漫画が好きだって正直に言えなかったかも」
 それは、本当に良かった。1時間後、酔いつぶれたモリーをみんなで介抱することになったのだけど、誰も嫌な顔一つせず、みんな笑っていた。
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