帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第20話
新宿ストロング男
 どんなにコミュ力の高い人間であっても、打っても響かない相手と仲良くなるのは至難の業だ。
 数年前に友達のサヤちゃんが、婚活サイトで紹介されたSさん(38歳・会社員)と初めて食事へ行ったときのこと。Sさんとは数ヶ月間メールや電話でやり取りを重ね、お互いに写真も送り合っていた。優しそうな人柄にサヤちゃんは安心してデートに臨んだ。

 デート当日、Sさんは休日で、サヤちゃんの仕事が終わる時間に合わせて新宿に来てくれることになっていた。就業後にサヤちゃんがLINEで連絡すると、Sさんからは新宿に着いている、とだけ返信があった。
 新宿駅は不慣れと聞いていたから、現在地の伝え方が分からないのかもしれない。何か目印はないかと尋ねると「アップルパイの移動販売車の近く」と、よりによって移動してしまう位置情報をくれた。新宿に詳しいサヤちゃんは何とか場所を特定し、「動かず待っていてください」と返信した。

 そして10分後、目的地に到着するも、Sさんは言いつけを破ってどこかへ移動したらしく、それらしき男性は見当たらなかった。仕方なく電話を掛けると「あ、じゃあ今から向かいます」と、何事もなかったかのように言われ、Sさんの好感度は出会う前から既にマイナス5千点ほど引かれていた。
 しかし、今日は食事に来ているのだ。この先も何とかSさんという人間と向き合わなくてはならない。サヤちゃんは更に10分待った。

 悪びれた様子もなく「いや〜、どうも」とヘラヘラしながら、ようやく現れたSさんの姿に、サヤちゃんは驚愕した。
 Sさんはボサボサの頭にダルダルのTシャツ、泥だらけのスニーカーに、人間が入りそうなくらい大きなリュックを背負い、左手にはコンビニのビニール袋、右手にストロング系チューハイのロング缶を握っていた。更に『電車の中から飲んでいた』というマイナス1億点の事実も明かされ、よく見るとコンビニの袋の中には、お酒の空き缶が二本入っていた。
 せっかく初めてのデートだからと気合いを入れてオシャレしてきたのに、缶チューハイを飲みながら歩く男と並ぶ羽目になり、サヤちゃんは黙り込んだ。いつも友達の集まりでは明るく場を盛り上げてくれる、最高に楽しいあのサヤちゃんが…。

 それに気付いたSさんは、缶チューハイを急いで飲み干すと、持っていたコンビニの袋に空き缶を入れ、ついでにポケットから煙草の空き箱も取り出した。そして、なんと自販機の脇にあった缶ゴミ箱にまとめて全部押し込んだのだ。

 「それは無いでしょう!?」思わずサヤちゃんが声を荒げた。初対面の、しかも8歳年上の人に失礼が無いようにと気を遣っていたけど、さすがに言わずにはいられなかった。
 しかも、煙草の空き箱が見えたことで、『新宿をうろついていた理由は喫煙所探し』という察しがついてしまい、Sさんの信用は風前の灯だった。ところが、本人は何が問題かを理解した様子もなく、「むしろゴミ箱に捨ててるだけ良くない?」と不満そうにしていた。

 2人が食事をする予定の居酒屋は全席禁煙で、店の近くには屋外喫煙所があった。サヤちゃんは気を利かせて「寄って行きますか?」と聞いたが、さすがのSさんもここまでサヤちゃんの好感度を下げ続けた自覚はあるらしく、「いいよいいよ、気にしないで入ろう」と答えた。
 サヤちゃんも先ほどのSさんの行いでマイナス5億点が加算されていたけど、せっかく食事に来たのだから2時間ぐらい楽しく過ごすべきだと気持ちを切り替え、笑顔で入店した。

 座敷席に着くと、靴を脱ぐ前に勢いよく生ビールをふたつ注文したSさんは、そのまま踵を返し「じゃあ、煙草吸ってくるね」と喫煙所へ戻って行った。一体、店の前でのやり取りは何だったというのか。
 1分後には到着した冷え冷えのビールジョッキが、みるみるうちに汗をかき、雫がテーブルに水溜まりを作った。泡がすべて消えて無くなっていくのを、サヤちゃんは正座したまま見つめ続けた。
 「いや〜、お待たせ」待ち合わせたときと全く同じテンションでSさんは戻ってきた。ぬるくなり過ぎて価値が下がったビールを飲んでも、サヤちゃんはもう怒る気力もなく、ただ静かにそこにいた。人間を愛し、人間に愛され、誰とでも分け隔てなく仲良くなる星の下に生まれた、わたしたちの“大スター”サヤちゃんが、完全に心を閉ざした。

 Sさんは最初、枝豆とエイヒレを注文した。『お酒を飲むときはあまり食べない』と事前に聞いていたし、既に3本のストロング系チューハイを飲んだ後だと知っていたので、サヤちゃんも特に気にしなかった。入店した時点で21時を回っていたため、お酒のおかわりを何度かしただけで食事のラストオーダーの時間がきた。
 「全然食べてないから、最後に適当に頼もうか」大体こういうときに頼む“適当”のさじ加減は何となく分かるし、好き嫌いも無いので、注文はSさんに任せることにした。すると、Sさんは『大皿のサラダ2皿、唐揚げ、ハムカツ、カキフライ、フライドポテト、タコ唐揚げ、クリームコロッケ2個』を注文した。

 なぜ、「あまり食べない」なんて言ったのか? 嘘じゃないか? デカいサラダ2皿を2人で食べる意味も分からないけど、揚げ物を全品揃えたことによって、野菜のヘルシーさは消滅していた。サヤちゃんは、もうツッコミを入れることもなく、黙々と大皿のサラダを平らげた。

 23時、Sさんとサヤちゃんは新宿駅に戻ってきた。かろうじて会計はSさんが支払ってくれたけど、正直『奢りだったから許す』とかの範疇の話ではなかった。それでも今日1日を振り返ったサヤちゃんは特大の笑顔で「ご馳走様でした!」とSさんに別れを告げ、元気よく家に帰った。
 もう2度と会わない人だと悟った瞬間、優しくなれたりするのだ。
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