帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第18話
トイレの用心棒
 10話にも書いた、菓子店で働いていたときの話。あの後、増え続ける試食魔にブチギレた店長が「もう無理! 男の子を雇う!」と決断した。

 わたしが勤めていた菓子店は、若い女性従業員7人でまわしていた。そのせいか試食魔以外にも、下着のサイズや色を聞いてきたり、顔や身体を触ってきたり、受話器の向こうで息荒く何かをしている男が電話をかけてきたり、数々の変態が現れて困っていた。
 他店舗の従業員の話を聞くと、男性が店に立つだけで試食魔の数が減り、変な客も来なくなったというのだ。我々は早急に“用心棒”を兼ねて雇い入れた、男性アルバイトに期待を寄せた。

 アルバイトは関くんという19歳の男の子で、チャラいけど職場の末っ子として可愛がられた。そして身長190㎝の関くんが試食を配ると、いつもなら現れるはずの試食魔や変態が、見事に近寄らなくなった。
 殺虫剤を振り撒いたかのような効果の高さに、わたしたちは沸き、関くんに感謝した。ところが、2週間ほど経つと関くんの言動に戸惑う従業員が増え始めた。

 「社長になるためのセミナー行ってるんスけど、そこの先輩が六本木でパーティー主催してて」
 「先輩はベンツ乗っててタワマン住んでるんスけど」
 「この商品まじ添加物えげつないッスね~、俺が読んでるテキスト的にあり得ないッス」
 
 完全にネットワークビジネスをやっている。まぁ、だからと言って店の子を勧誘してくることもなかったので、「噂話もこの辺にしておこう」と、この件についてみんなで話すことをやめた。
 そんな我々の思いやりを踏みにじるが如く、彼は仕事をサボって喫煙所で過ごしているのがバレて、1ヶ月で辞めてしまった。

 関くんが辞めても殺虫効果は続き、しばらくは平穏な日々だった。しかし、1ヶ月も経つと少しずつ試食魔と変態が活発化し、店も繁忙期を迎えた。店長は再び男性アルバイトを雇うことに決めた。

 次に来たのは、武田さんという35歳のお兄さんで、物腰が柔らかく、一般人離れした長身のイケメンだった。聞けば俳優志望だったらしく、学生時代にモデルの仕事を経験し、映画やドラマに端役で出演したこともあると言う。
 正直、時給1000円の菓子店でバイトするより、ホストでもやった方がよっぽど稼げるのでは…??
 強めの違和感を感じたものの、武田さんは仕事を完璧にこなし、従業員ともそつなくコミュニケーションを取り、何よりそのルックスと物腰の柔らかさで、店に来るマダムたちの心を鷲掴みにした。勿論、用心棒としての効果も抜群。わたしたちは再び沸き上がった。
 
 ところが、異変は早々に現れはじめた。武田さんは15分に一度、トイレへ行くと言って10分消えてしまう。それを延々と繰り返すので、勤務時間の半分はトイレの用心棒を務めていた。
 大胆な抜け感を見せつけてきた武田さん。店長が詳しく話を聞くと、持病で頻繁にトイレに行かないといけないらしい。確かに、面接で言ってたら採用されなかったかもしれない…。
 病気ならば仕方がないということで、武田さんには店とトイレ半々で用心棒をやって貰う日々が続いた。店はなんとかまわせていたけど、見てるだけで辛そうな体質に、終業後、わたしは声を掛けた。

 「その病気で立ち仕事、辛いですよね…」
 「あ、ありがとうございます。トイレにさえ行ければ平気です」
 「なんでこんな芸能人みたいな人がうちに来たんだろうって不思議に思ってたんですけど、お仕事探すの大変だったでしょう」
 「そうですね、でも販売は一度経験積んだらどの店でも通用するのでありがたいです。他の仕事だと覚えてもクビになるから意味無いんですよ」
 「そっか…」
 想像はしていたものの、直接聞くと本当に生きるのが大変だと思った。これまでも、嫌な思いを沢山しただろう。
 「こんな調子だから、結婚も無理だと思ってるんですよね」
 「あ、前に彼女いるって言ってましたもんね」
 「あれは…みんなの前だったので…そう言ったんですが…」
 武田さんの表情が曇った。やはり、病気のせいで恋愛もままならないのだろうか。悩みを言い出せなくて、わたしたちに話を合わせてくれたのかもしれない…。

 「あの、わたしみんなに言いませんから、武田さんが嫌でなければ何でも話してください」
 「そう…ですか? すみません、寿さんは話しやすいので…じゃあ…言っちゃいますけど…」
 「どうぞどうぞ」
 「兄の奥さんとセックスだけしていまして…」

 あっ、そういう? そういう感じだったら確かに、持病とはまたちょっと違う問題かもしれない。何でも受け止めるぞ! という態度で臨んでしまったわたしは、冷静を装う羽目になった。

 「バレません?」
 「まさか弟としてると思わないじゃないですか?」
 「そりゃそうですよ。気をつけて下さいよ」
 「なんだ、意外と寿さんもゲスいですね!」

 そう笑いながら帰った武田さんは、その夜に持病が悪化し、病院に救急搬送され、緊急手術で入院することになり、そのまま店も辞めてしまった。

 再び店には試食魔と変態が控えめに出没し始め、いつもの日常に戻りつつあった。ただ、「武田さんはいらっしゃらないの?」と頬を染めて聞いてくるマダムは後を絶たず、わたしが退社する日まで続いたのだった。
  • Twitter
  • Hatena
  • Facebook