帰りにセブンに寄るぐらいしかないんだけど
寿ハチミツ
第7話
母の趣味
 わたしの実家には、両親とシングルファーザーの兄とその娘2人が暮らしている。兄は仕事も育児も頑張るパパだけど、自衛官なので非常時は家に帰れない。母はまさかの育児2周目に突入した。

 何十年も家庭だけに集中してきた母には趣味と呼べるものが何もなく、発散できない鬱憤を父の悪口で晴らそうとする。東京に住むわたしにも、電話で機関銃のように父の悪口を浴びせるので、もっと母の心が明るくなるような息抜きはないものかと頭を悩ませていた。
 しかし、そもそも母は何に対しても興味が薄い。せいぜいスーパーで売られている今川焼を買い食いするか、冷凍の今川焼をトースターで焼いて食うかぐらいしか好きなことがなかった。母の趣味探しは難航を極めた。

 8年前、そんな母が乳がんになってしまった。驚くことにがんを以ってしても父の悪口は止まらなかった。悪口が身体に障るんじゃないかと心配して注意したところ、「私はがんなのよ! 叱らないで!」とがんを盾にしてきて、手も足も出なかった。がんは結果的に手術で何とかなったから良かったけど…。
 そこで母の快気祝いにと、姉と2人でディズニーシー旅行をプレゼントした。夢の国に行けばさすがの母も黙るだろうと期待したが、ミッキーを無視して父の悪口を日没まで続けた。

 ところが、そんな母に変化が起きたのが5年前。姉が急に姪っ子たちにWii Uをプレゼントしたのだ。急に貰うWii Uほど嬉しいものはないので、姪も「8年間生きてきて今日が一番幸せ!」と絶叫して喜んだ。母はゲームには疎いものの、一緒に買ったソフトが『スーパーマリオメーカー』だったことに興味を示した。ババアでも、マリオは知っていたのだ。

 そして現在、新たにSwitchを買って貰った姪っ子たちは『どうぶつの森』に夢中で、Wii Uでは遊ばなくなってしまった。しかし、母が5年間マリオをやり続けている。
 あの、何にも心が動かなかった母(70)の人生初の趣味がゲーム。マリオのやり込みで腱鞘炎になるも、手首にテーピングを巻き、YouTubeで西城秀樹のライブ映像を流し、歌いながらクッパを殺している。
 ババアに出来るならわたしにも出来るゲームなんだろうかと思い、ゲームを全くやらないわたしも少しプレイさせて貰った。何度やっても同じところで死ぬ。母に聞くと「そこはタヌキにならないと駄目よ」と、高度な位置に存在する特殊アイテムを易々とゲットしてクリアしてしまった。

 世界中のユーザーが作った難解なコースに挑み続けている母は、「クリアは目的じゃないの。いかに残機を減らさないかなのよ」と、強くなり過ぎた自分に縛りを課している。
 今もたまに今川焼を食べているのは知ってるけど、父の悪口は聞かなくなった。
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