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ファミ熱!! ゲームの匠

ドット絵の匠・
インタビューシリーズ❻

『クインティ』そして『ジェリーボーイ』杉森 建 編

第4回:既成のキャラクターをドット絵にすること

※取材・文:とみさわ昭仁
※撮影:鈴木昭寿
※編集:山本直人(株式会社アンビット)
取材協力:株式会社ゲームフリーク
ドット絵デザイン用の自作方眼用紙 指差しているのは開発に使用していたドット絵デザイン用の自作方眼用紙

■どうせやるなら最高のマリオを描いてやろう

──続いて『マリオとワリオ』、それから『まじかる☆タルるートくん』についてもおききします。まず、『マリオとワリオ』は紆余曲折あった末、最終的にあの迷路の断面を見るようなスタイルのゲームになりました。でも、最初の企画段階ではマリオシリーズではなくて、ゲームフリークによるオリジナル・キャラクターのゲームだったじゃないですか。

杉森 そうでした。ヒヨコのようなキャラクターを歩かせてましたね。

ワリオとマリオ
『ワリオとマリオ』は1993年8月27日発売のスーパーファミコン用ゲームカセット。発売は任天堂。
マウスで妖精のワンダを操作して、マリオをゴールまで導くアクションパズルゲーム。

──あの頃のゲームフリークにとって、任天堂から自分たちのオリジナル・キャラクターのゲームを発売できるかもしれないというのは、夢のあることでしたよね。ところが、途中からキャラクターをマリオに差し替えることになった。そのときの忸怩たる思いというか、杉森さんとしてはどんなお気持ちでしたか?

杉森 売り上げ的には、そうした方が確実に売れるし、会社のことを考えたら絶対に正しいと思うんですよ。それはぼくもわかってましたけど、ただやっぱり絵を描く者としては、「えっ?」という困惑はありました。

──あのマリオシリーズを手がけることができる、というのもゲームクリエイターとしては誇らしいことですが、出来ることならオリジナルで勝負したかった?

杉森 そうなんですけど、でも、マリオにすることが決まってからは気持ちを切り替えて、ポジティブに考えるようにしました。どうせやるのなら最高のマリオを描いてやろう、みたいな。

──ゲームフリークのオリジナル・キャラクターとしては、あのカーソル役の女の子。

杉森 妖精のワンダちゃんね。あれだけは残してもらいました。当時、任天堂に在籍しておられた小田部羊一さん(※伝説的アニメーター。『アルプスの少女ハイジ』など数々の名作を手がけた後、1985年に任天堂へ入社。約20年にわたって開発アドバイザーを務めた)が、ぼくの描いた妖精ワンダをデザイン画に起こしてくれて、ぼくがまたそれに合わせてドット絵を直したりしてるんですよ。

──小田部さんがリファインしてくれていたんだ。それはそれで嬉しいですよね。

杉森 とても名誉なことだと思います。

──あれがオリジナル・キャラクターとして採用されたことで、開発のモチベーションを保ち続けられた、ということはあったのではないですか?

杉森 そうだと思います。

──『マリオとワリオ』の開発は、ゲームフリークとしてはルーツに帰った感じがあったのではないかと推測してるんですが。

杉森 それは、どういうところが?

──パズル的なステージを全100面とか作ったわけですよね? その制作過程は『クインティ』のときに似ていたのではないか、と。

杉森 ああ、なるほど。それはあるかもしれませんね。みんなでいろんなギミックを考えて、ステージごとの個性を出していって……。

──『マリオとワリオ』では、森本さん(※ゲームフリークの森本茂樹氏)がマップ作りに張り切っていましたね。

杉森 彼は迷路のギミックを論理的に積み上げていくので、彼が作った面はむちゃくちゃ難しくなるんですよ(笑)。

■ゲーム向きの題材だった『まじかる☆タルるートくん』

──『まじかる☆タルるートくん』の開発は、たしかセガさんから既成のキャラクターをゲーム化するというプロジェクトのオファーを3種類ほどいただいて、そのなかの1つが『まじかる☆タルるートくん』だったんですよね。

杉森 そうです。

まじかる☆タルるートくん
『まじかる☆タルるートくん』は1992年4月24日発売のメガドライブ用ゲームカセット。発売はセガ。
原作は『週刊少年ジャンプ』で連載された、江川達也さんによる人気コミック。

──それを選んだのは、杉森さんでしたっけ?

杉森 だったのかなあ……。この3つのうちなら、これじゃね? みたいなゆるい感じだったと思うんですけど。原作のマンガも読んでましたんで。

──あれは最初から『まじかる☆タルるートくん』、つまり「江川達也さんの絵をゲームにする」というプロジェクトでした。漫画として、すでに人気のある絵柄をゲーム化、ドットに置き換えていくという仕事で、いろいろと苦労もあったのではないかと思うのですが。

杉森 そうですね、メガドライブがわりと表現力のあるハードだったので、やりようによっては本当にアニメの画面みたいなゲームが作れるんじゃないかっていう野望(笑)がありまして。ちまちました、いかにもゲーム然とした画面ではなくて、もっとアニメのキャラクターがそのまま動いてるような、いわゆる“キャラゲー”としてアタマ1つ飛び抜けた存在、そういうものが作れるかもしれないとは思いました。

──『まじかる☆タルるートくん』では、杉森さんはグラフィックだけでなく、初めてのディレクションも担当されています。それをするにいたった経緯は?

杉森 社長から「きみ、セガ好きでしょ?」みたいなのがあったと思うんですけど。

──そんな理由で!(笑)

杉森 あの頃、メガドライブでよろこんでいるの、ぼくだけでしたからね。

──ほぼ同時期に『マリオとワリオ』を作ってますから、社長はそちらのディレクションにかかりきりだったのかな。

杉森 あとは『ジェリーボーイ』のときと同じで、社内に2ラインを走らせるというか、労力を分散するっていうのもあったかもしれないですね。

──江川達也先生の原作をドット絵にするのはどうでした? 難しくはなかったですか?

杉森 まあ『まじかる☆タルるートくん』に関しては日常系SFというか、江川先生ご自身がそれまでの絵柄ではなく、キャラの頭身を小さくした児童向けっぽい作風に変えてきましたからね。

──ゲームにしやすくもあった?

杉森 うん、しやすかったですね。色もカラフルだったし、ゲーム向きの題材だったと思います。

■原作の要素を活かしてゲームを作る

──原作からは、様々なものにペンで絵を描くと命が宿る、という要素を取り入れてます。

杉森 まあ、疑似的なものですけどね。

──あれをメインのアクションに採用したのは、なぜでしょう?

杉森 うーん、あの頃はキャラゲーって、あまり原作の設定を活かしてないものが多かったように思うんです。

──ああ、既成のゲームのスタイルにキャラクターを当てはめただけだったりとか。

杉森 そうそう。キャラクターの能力に関係なくパンチとキックで戦うとか、どこからかわからないけど弾が出る、みたいな。そういうものが多かったんですよ。でも、ぼくらはそうじゃなくて、ちゃんと原作で主人公がもってる能力を使って戦うようにしたいなあと思っていて。原作のコミックスを全巻買ってきて、それを読み込んでアイディアを出したりしてました。

「ソードペンまじっくん」の設定資料
ゲームの中での主攻撃となる「ソードペンまじっくん」の設定資料。
顔がかけるものがすべて攻撃アイテムとして使えるという設定になっていた。

──その結果、発売された『まじかる☆タルるートくん』は評価もされました。

杉森 はい。商品としてそれなりにヒットしたし。

──それが次の『パルスマン』にもつながったわけですね。『パルスマン』も杉森さんがディレクターでしたっけ?

杉森 いちおう、ぼくということになってます。ちょっと開発の後半では外部の人なんかも来て、いろいろ手伝ってくれたりもしたんですが。

──変な質問ですけど、『ポケットモンスター』が世界的なヒットになって、いま、その続編を作っていたりすると、『マリオとワリオ』や『まじかるタルるートくん』を作っていたときのような気持ちになったりはしませんか? 自分たちの作品なのに、誰かの作品の続編を作っているような気持ちというか……。

杉森 ああ、言わんとしていることはわかります。

──わかっていただけますか(笑)。それだけ『ポケモン』が大きなものに成長していった、ということなんでしょうけれど。

パルスマン
『パルスマン』は1994年7月22日発売のメガドライブ用ゲームカセット。発売はセガ。
ゲームフリーク制作によるオリジナルアクションゲーム。Wiiバーチャルコンソールにて配信中。(617ポイント)

『マリオとワリオ』
©︎1993 Nintendo
『まじかる☆タルるートくん』
©︎1992 SEGA  ©︎江川達也 / 集英社・東映動画
『パルスマン』
©︎1994 SEGA/ GAME FREAK inc.

第5回へ続く

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