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ファミ熱!! ゲームの匠

ドット絵の匠・
インタビューシリーズ❸

『FF』のドット絵師 渋谷員子 編

第1回:様々な仕事を経てゲーム制作の世界へ

※取材・文:とみさわ昭仁
※撮影:木内章浩
※編集:山本悠作(アンビット)
※取材協力:コート・ダジュール 志木店
☆よしみるさん写真

■模型雑誌で編集の手伝いやカットを描いていた

──☆よしみるさんといえば、なんといっても『メタルスレイダーグローリー』なんですけれど、まずはその前に、ゲーム制作の世界に入るまでの経緯をおきかせください。最初は、アニメーターをされていたそうですね。

☆よしみる はい。でも、そこはわりとすぐに辞めてしまって、それから知り合いのツテを頼って銀英社という編集プロダクションにアルバイトで入ります。『ファンロード』という雑誌の編集を請け負っていた会社で、あの頃は造形の神の品田冬樹さんとか、ケッダーマンさん(註:伊藤秀明氏。サンダーバード研究の第一人者として知られる。故人)なんかも在籍していました。

──そこで☆よしみるさんはどんなお仕事をされていたんでしょう。

☆よしみる 編集の手伝いというか、見習いみたいなもんです。あの頃はなんでもやらせてもらいました。取材もするし、誌面のレイアウト構成の手伝いまでやりました。何か本を作るときに空いたスペースがあったらそこにちょっとしたイラストを描いたり、マンガなんかもその場で描いて載せたりとか。

──絵が描けるという特技が役に立ったわけですね。

☆よしみる その会社では模型雑誌を扱うことが多かったので、誌面に掲載する模型の作例とか……いまならプロのモデラーさんがやるような仕事を編集者が自らやっていて、ぼくは改造の仕方を説明するカットを描いたりして。

──そのカットというのは、ご自身の絵のタッチで?

☆よしみる 模型誌なので、既成のキャラクターが出てくるときは、それに似せるし、頭身も合わせたりはします。それと手順やなんかの説明カットは、描く対象がニッパーとかランナーだから、まあぼくのタッチは出ていないと思いますけど、そういうのを自分なりに描いていました。

──銀英社にいたのは何年頃か覚えてらっしゃいますか?

☆よしみる 高校を卒業してすぐにアニメーターになって、その1年後くらいだから1981年か1982年か、それくらいだと思います。でも、銀英社にいたのも半年ぐらいの期間なんですよね。それで、その頃にワークハウスという編集プロダクションができて、そちらへ移りました。

──ワークハウスはわたしも知っています。『ケイブンシャの大百科』シリーズや、ファミコンの攻略本などをたくさん作っていたところですね。

☆よしみる ファミコンの攻略本はもう少しあとですね。ぼくが移籍した頃はちょうどガンプラブームで、それから少し経ってファミコンブームが巻き起こります。だから、ワークハウスでの前半は、『ホビーボーイ』(徳間書店)という模型雑誌の編集をやってました。そこでも実際に模型を作ったり、新しい模型が出てきたらそれを素組みして写真を撮影したり。

──模型というのは、ようするにプラモデル。

☆よしみる プラモデルですね。ガンプラとか、あの時代だと他に『銀河漂流バイファム』とか『重戦機エルガイム』とか。それから『ケイブンシャの大百科』では「ウルトラ怪獣」ものとか「忍者もの」とか「なぞなぞ本」とか、いろいろと手伝いました。なかには、フィルムドラマみたいな記事でモデルをやったりもしてるんですよ。

『ヴォルガードⅡ』の攻略本
☆よしみる先生が、ワークハウス在籍時にイラストを担当した、ファミコン『ヴォルガードII』の攻略本(発行:徳間コミュニケーションズ)。
扉ページには、☆よしみる先生かきおろしの、主役機の変形合体ロボット「ヴォルガード II」の絵が掲載されていた。
『メタルスレイダーグローリー』につながる SF 的センスを感じさせる
(なお表紙のカラーイラストはケッダーマンこと故・伊藤 秀明さんによるもの)。【資料写真協力:松原圭吾】

■『メタルスレイダーグローリー』が生まれるふたつの芽

メタルスレイダーグローリー
☆よしみる先生の代表作。
1991年に発売された『メタルスレイダーグローリー』が生まれるまでの背景とは?

──それからファミコンブームが起こりました。

☆よしみる あの頃の『ホビーボーイ』は模型が主流だったけど、だんだんゲームを主流にしていくようになって。

──なにしろ大ブームでしたもんね。そっちに主軸を置くのは当然の判断です。

☆よしみる それで、ぼくの視界の中に「ゲーム」というものが入ってきました。

──ん? ということは、それまでゲームは?

☆よしみる なかったです。ぼくはアニメとか模型が趣味だったけど、ゲームというものにはあまり興味がなかった。それが、ワークハウスでゲーム関係の本を作ったりするようになって、ようやくぼくの視野の中に入ってきた。

──仕事で触れたのが最初ですか! じゃあ、そこからすぐファミコンに夢中に?

☆よしみる というか、あの頃は何かのゲームを紹介するときに、攻略法とか裏技とかだけじゃなくて、オリジナルのデータをおまけとして誌面に載せることがあったんですね。

──オリジナルのデータ?

☆よしみる たとえば、ファミリーベーシックのコードを雑誌に掲載することによって、読者がそれを打ち込めば同じものを再現できますよ、とか。あるいはこのコードを入力すると音楽が流れますよ、とか。そういう記事があって、そういうことを編集部で目撃したところから、過去にさかのぼる形で「ゲームはファミコンだけじゃなくてコンピュータ(パソコン)でも出てるんだ!」というのを知ったんです。

──そうか、コンピュータゲームという大きな世界の入り口を、ファミコンが案内してくれた、というわけですね。

☆よしみる そうです。PC-8800とか、PC-9800とか、あとFMシリーズだったりMSXだったりっていう時代。そういうものでゲームをする文化があるんだということを、ワークハウスに出入りしていた仲間が見せてくれたのが、ぼくがゲームと接触したはじまりなんです。

──それがきっかけとなってゲーム作りの世界へ?

☆よしみる 結果的にはそうなんですが、そのときはまだ実感はなかったですね。なぜなら、そのワークハウスに出入りしてる人たちがやっていることは、必ずしも仕事のためだけじゃなかったから。つまり、アルバイトの学生が自分でコンピューターを持ってきて、会社のスペースを借りて何かを作っていたり、オリジナルのゲームのためのドット絵を描いていたりとか、そういうことをしていて。

──おおらかな会社ですね。

☆よしみる そういう感じでみんな好きなことをしていて、やがてそれが形になると、オリジナルの企画として本に載せてもらえたりとか、そういうことが間々あったものですから。

──そういう自由な発想をすくい上げる仕組みがある会社っていいですね。

☆よしみる それで、ぼく自身は学生の頃に音楽(吹奏楽)をやっていて、絵も描ける。それとアニメーターだったからアニメーションもできる。周りには、プログラムが組める仲間もいるし。

──それだけいれば、もうゲームは作れますね!

☆よしみる それで見よう見まねでドット絵を描いたり、アニメーションさせたり、それに音をつけたり、ということをやってみたら、思いのほか、みんながよろこんでくれて。そこからコンピュータを使って表現することのおもしろさを知ったわけです。

──てっきり、☆よしみるさんはパソコン少年だったと思っていたので、意外でした。

☆よしみる いや、そのワークハウスで初めて触れたんです。先ほども言ったように、仕事じゃないけど遊びでパソコンを使うようになって。あの頃のパソコン用アドベンチャーゲームって、グラフィックがベタッとした絵だったでしょう?

──そうでしたね。アニメーションなんてとんでもない。一枚絵を表示するのが精一杯で。

☆よしみる グラフィック的に言うと、小さいドット絵を表現できる領域ではない、マンガなんかに近いタイプの絵だったんですよね。そういう表現もあるんだということで、そっちでもいたずら描き程度に自分のキャラクターを描いてみたりして遊んでいました。

──ああ、いまお話をきいていてゾクッとしたんですけど、☆よしみるさんはパソコンの一枚絵に向いた描画性能を当時見ておられて、なおかつ、ファミコンならではのドット絵を自由にアニメーションさせられる機能にも、そのとき触れることができた。まさしく『メタルスレイダーグローリー』というのは、そのふたつの利点を無理やり(笑)ファミコンの上で実現させたものじゃないですか。

☆よしみる そうなりますね。

──その頃にもう『メタルスレイダーグローリー』が生まれる芽があった、というのが感動的です。

■最初の参加作品はMSX版『ガルフォース』

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☆よしみる先生がドット絵の制作に初参加した、MSX版『ガルフォース』のパッケージ。
その裏面には、ゲーム画面とドット絵が確認できる。
【資料写真協力:マイコン&ゲームBEEP さん/@tyr105 さん】

☆よしみる それまで絵というものは手で描くしかなくて、アニメーションにしても紙に絵を描いて、セルに写して、色をつけて、フィルムに焼き付けて、ようやくブラウン管上で見ることになるものだったんですけど、パソコンでは実際にダイレクトに描いて、ダイレクトに再生されるわけじゃないですか。それがやっぱりすごくおもしろくて。

──その場で描いたものが、その場で反映されるという魅力は大きいですね。わたしも当時のファミコン作りの現場は見てきましたが、やはりグラフィックデザイナーがドット絵を描いて、アニメの動きを確認して、具合が悪ければすぐに直しを入れられるというのは、刺激的です。

☆よしみる 当時はそれほど意識してなかったんですけど、ツールの重要性というのはすごくあったと思います。どれだけいいツールを使って作成されたかが、出来上がったゲームの質に重大な影響を与えているということはあったでしょう。

──そのころ使っていたツールって、どんなものですか?

☆よしみる ファミコンに入ってからですけど、ファミコンのツールはハル研(HAL研究所)オリジナルのものです。

──ハル研さんは昔から高い技術力の会社ですから、そのあたりでも色々工夫されてたんでしょうね。では、☆よしみるさんが本格的にゲームと関わるようになったのは、そのハル研さんでのファミコンの仕事が最初ですか?

☆よしみる いや、その前にMSX版の『ガルフォース』でドット絵を描きました。

──それはワークハウスにいた時期とも重なっていますよね。

☆よしみる はい。ワークハウス時代は基本的にフリーランスで、マンガを描いたり、イラストを描いたりしながら、ワークハウスからもお仕事をもらっているという形でした。

──専属ではないんですよね。

☆よしみる ええ。それと同じような形で、ハル研がドットの描ける人を探してるという話があったので、ほとんど未経験だったけど、やってみたかったので手を挙げました。これはハル研の本社まで出勤していって、そこで机を用意してもらって作業してました。この当時は秋葉原に近い神田あたりに開発部の一部があって、ぼくは神田の建物で作業をしていました。

──それがMSX用の『ガルフォース』だったわけですね。

☆よしみる 途中参加で、いきなり道具を与えられて「できるだけたくさん『ゼビウス』のザコ敵みたいなキャラクターのドット絵を描いてくれ」と言われて(笑)。それで世界観も設定もなくて、とにかくいろんな種類のものを描いて、くるっと回転させてみたり、パレットアニメーションさせてみたり、そういうものを何十種類と描いて、それがドット絵の仕事のスタートですね。

──えーと『ガルフォース』ってたしか原作ありましたよね?

☆よしみる アニメがあります。

──でも、それ関係なしに。

☆よしみる 関係なしに(笑)。原作は、家庭用のゲームに移植するにはちょっとハードな描写があったりするので、主要キャラクターだけを使ったオリジナル作品にする、ということだったんでしょうね。

第2回へ続く

★記事に登場したゲームの情報★

※『メタルスレイダーグローリー』は2017年4月現在、Wii UのバーチャルコンソールWiiのバーチャルコンソールで配信中です。

『メタルスレイダーグローリー』のLINEスタンプが配信中です。
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ドット絵の匠
インタビューシリーズ❸
ファミコンで最も精緻なドット絵
☆よしみる 編

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