※取材・文:とみさわ昭仁 ※撮影:市村岬 ※協力:ナツゲーミュージアム
──この連載の第1回目にふさわしい人ということで、ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)で数々の名作のドット絵を担当されてきた、小野浩さんにお話をうかがわせていただきます。今日はよろしくお願いします。
小野 はい、よろしくお願いします。
──まずはですね、小野さんのドット絵表現を語る場合に欠かせない要素として「回転」があるのではないか、と思っているのですが。
小野 回転、ですか。
──実際に小野さんのこだわりとしてあるのか、あるいはこちらが勝手にそう思い込んでいるだけなのかもしれませんけれども。
小野 どうなんでしょう。まあ、普通の回転というのは、物体を時計回りか反時計回りに回転させるじゃないですか。それは平面上であれば、角度として「0度」「15度」「30度」「45度」くらいを作っておけば、あとはその切り替えで回って見えるようになるから、それほど問題ないんですね。『ギャラクシアン』のときからそのやり方で描いてました。
『ギャラクシアン』の画面
ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.
『ギャラクシアン』のキャラクターのアニメパターン
ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.
──ええ。
小野 あの当時はゲーム機の描画性能も貧弱だから、そんなに細かい角度まで描いたって型崩れするし、キレイに動いてるようには見えません。あのね、ドット絵の斜め線は「0度」と「45度」がいちばん綺麗に見えるでしょう? それ以外の半端な角度は少しガタついて見える。
──そうですね。
小野 それがアニメーションしている途中なら、多少はガタガタの絵でも動きを表す流れのひとつとして、それらしく見えてしまいます。だけど、『ギャラクシアン』では敵が旋回してこちらに降下してくるときに、変な角度のまま止め絵で飛来してくるのがあって。あれはあんまりして ほしくなかったなあ。
──ああ、わかります。動き続けていってほしいわけですね。そういった試行錯誤されてきたエピソードをいくつか耳にしていたので、小野さんといえば「回転」というイメージがあるのかもしれません。
小野 あとは『ボスコニアン』なんかもね。あれはキャラに影がついてたんですよ。そのせいで、アニメのパターンも多くなっていった覚えがある。
『ボスコニアン』の画面
ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.
『ボスコニアン』のキャラクターのアニメパターン
ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.
──『ボスコニアン』は、敵機だけがやけに滑らかに旋回して追いかけてきますね。
小野 そう、自機は8方向だけなんだけど、敵機は動きのパターンが細かいんだよね。
──聞くところによると、小野さんはドット絵を描くにあたって、ちょっと変わった手法を使っていたこともあるそうですが。
小野 はい、『ギャラクシアン』みたいに上から見下ろした画面構成のゲームは、キャラを回転させるのもそんなに大変ではないんですよ。でも、ゲームによっては後ろから見たり、かなり複雑な形のものを動かさなければならないこともあって、それをゼロからドット絵に起こすのはさすがに難しい。それで思いついたのが、トレスコを使うという方法。
──トレスコ! では、ここで私がわざとらしく説明しましょう。トレスコ、正式名称を「トレス・スコープ」といって、雑誌の誌面レイアウトなどを作るときに、掲載する図版を拡大縮小してアタリをとるための機械ですね。下に原稿台があって、それを読み取るレンズを上下させると、原稿台に載せたものが上のガラス板に拡大縮小して映し出される。
小野 そう。それで、当時ぼくは回転する円盤を作って、その上に描こうと思ってるキャラクターの模型を取り付けたの。それをトレスコの原稿台に固定して、手動で回転させながら……(と仕草を演じてみせてくれる)。
──えっ、模型を直接トレスコに取り付けていたんですか? 私はてっきり机の上かなんかで模型を回転させて、それぞれの角度の写真を撮り、そのプリントした写真をトレスコでなぞったんだと思ってました。
小野 いやいや、模型をそのままトレスコで投射したんですよ。例えば後ろから見たものの場合、横幅がいちばん長くなる角度で方眼紙の枠内に収まるように倍率を固定してドット絵を描いたら、そのまま回転させて次の角度のものを描く。それを繰り返していって、自機の挙動をドット絵に起こした。
──はあ〜、そんな手間のかかることをしていたんですねえ。
小野 こういうのって、当時は誰もやっていないから、教えてもらうことができないんです。だから自分で全部やるしかない。そういう意味では、いろんなことをやったなあ。あとは『ギャプラス』の回転なんかも思い出深いですね。
──『ギャプラス』は『ギャラクシアン』や『ギャラガ』と、どう違いましたっけ?
小野 あのね、『ギャプラス』の敵の動きにはヒネリが入るんですよ。左右のターンじゃなくて、ロールする。
──ああ、それはドット絵で描くのは辛そうだ……。
小野 それで、これは立体だー、と。カラー粘土を買ってきて、敵の模型を作って、それに竹の串を刺して焼き鳥みたいに回転させながら観察する。そうすると、回転させたときに蜂みたいな姿をした敵の羽根が、どういう形に変化していくかがよくわかるんですね。それをまたドットに起こしていく。
『ギャプラス』のキャラクターのアニメパターン
ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.
『ギャプラス』の画面
ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.
──それもまた手間のかかる作業ですね~。『ギャラクシアン』も『ギャラガ』も『ボスコニアン』もキャラクターが旋回する。『ギャプラス』ではヒネリも入ってローリングもする。だから、小野さんと言えば「回転」だろうと、そう思っていたわけです。
小野 ははは、そこにこだわりなんてないです。企画からそういう仕様が上がってくるから、それにドット絵担当として様々な方法を模索して応えてきた、っていうだけですよ。エピソード的にウケるから、ちょっとおもしろく脚色して話してきたりはしましたけど。むしろ『ギャプラス』なんかヒネリが入るよって言われて「うそ~!」って悲鳴を上げたほどですから。
──昔はデザイナーがドット絵を描いたら、それをプログラマーに渡してゲームに組み込んでもらってからでないと、どう動くかは確認できなかったといいますね。
小野 そうですね、最初の頃はそれこそ方眼紙に手描きでドット絵を描いたりしていたから、止め絵を1 枚モニターに表示させるのだって時間がかかりました。でも『ギャプラス』の頃になると、もうグラフィックツールが作られていたから、自分のコンピュータ上でキャラを描いて、キー操作ひとつでアニメーションも確認できるようになった。
──機材が進化していって、仕事も随分と楽になりましたね。
小野 でも、それと並行してゲームそのものも進化していくから、デザイナーに要求されることもどんどん難しくなっていくんですけどね。